1.異変の兆候(街中で感じる「冷房が効かない」現実)
最近、都内の駅や飲食店を訪れるたびに、異常な暑さを感じる機会が増えている。冷房は稼働しているはずなのに、汗が止まらず、時には息苦しささえ感じることもある。よく見ると、これまで見かけなかった業務用の簡易冷房機や大型送風機が、臨時に設置されている店舗や施設が目立つようになっている。家庭でも同様に、エアコンをつけていても部屋がなかなか冷えず、日中はもちろん、夜間も冷房を切れないのが現実だ。こうした現象は、単なる気のせいや一時的な猛暑では片づけられない。背後には、地球温暖化による気温上昇の加速と、それに追いつかない都市インフラの現実がある。「冷房が効かない」という体感は、社会全体が新たな環境リスクに直面していることの表れだ。
気象庁の最近の発表によれば、2025年夏の関東地方では、平均気温が過去30年の平均を大きく上回り、7月から9月にかけて真夏日や猛暑日の発生数が大幅に増加すると予測されている。とくに7月の全国の平均気温は、平年の7月の平均気温と比べて約3℃度高くなり、気象庁が1898年に統計を開始してから最も高くなった。ヒートアイランド現象の影響も含めると体感温度はさらに厳しく、都内各所では冷房能力の限界を超えた「冷房不感(涼しいと感じない)」状態が頻発している。
2. ヒートリスクの構造(地球温暖化 × 都市の脆弱性)
体感される「冷房が効かない暑さ」の背後には、明確な科学的根拠がある。気象庁の統計によれば、東京における猛暑日(最高気温35℃以上)は1990年代の2倍以上に増加し、夜間の気温が下がらない「熱帯夜」も増えている。その結果、冷房なしでは生活に支障をきたす日が、昼夜を問わず増加しているのが現実だ。こうした気候悪化を加速させているのが、都市特有の「ヒートアイランド現象」である。アスファルトや高密度な建築物が日中の熱を蓄え、夜間も放熱し続けることで、都市内の気温は郊外より2〜3℃高くなることも珍しくない。つまり、同じ気温でも都市内部では“より暑く”感じる環境が常態化してきている。
さらに深刻なのは、都市インフラがすでに当初の温度設計を超える気候環境に直面している点だ。たとえば東京メトロ霞ケ関駅や日比谷駅では、2025年7月以降、空調が機能せず、その原因は地域熱供給システムの配管劣化とされる。また、築30年以上のビルの多くは、外気温30℃前後を前提に空調が設計されており、現在の酷暑には対応できていない。さらに、断熱性能や換気効率の不足も重なり、「空調を強めても熱がこもる」という悪循環も生じている。
駅や地下施設、体育館、保育園、学校などの公共空間では、高齢者や子どもといった暑さに弱い層が多く集まるにもかかわらず、冷房や換気といった設備の更新が進んでいないケースが多く見られる。背景には、企業や自治体の予算制約や、設備更新に伴う手続きの煩雑さといった要因もあると考えられる。
つまり、私たちが直面している「暑さ」の問題は、単なる気温上昇ではなく、“高温に耐えられない都市設計”という構造的リスクに起因している。この状況を放置すれば、健康被害や業務中断といった社会的コストは今後さらに拡大するだろう。
3. 気づかぬ経営リスク(暑さがもたらすコストと損失)
異常な暑さは、生活の不快さにとどまらず、企業経営にも直接的な影響を与えている。その主な内容については、以下の通り。
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- 電力コストと設備コストの増加:エアコンの長時間使用で電気代が高騰。小売・飲食では必須のため負担が大きく、空調機器の劣化による修繕・更新費も増加している。
- 顧客体験と売上への悪影響:冷房が効かない店舗や施設では、顧客満足度が下がり、リピート率や売上の低下につながっている。
- 従業員の労働環境と安全リスク:高温下で働く現場では、熱中症や健康被害が増加し、労災や業務遅延のリスクが高まっている。
- 人材確保と労働力への影響:暑さによる欠勤や離職が進めば、生産性が低下し、人材確保が困難になるなどの深刻な影響が出る。
- 評判リスクとブランド毀損:暑さ対策不足がSNSで拡散されれば、顧客離れや炎上を招き、企業の評判やブランド価値を損なう恐れがある。
このように、暑さに対する無策は、コスト・人材・評判という経営の三大資源を脅かすリスクを内包しており、こうした事象は、すでに一部の業界では現実のものとなっている。暑さによる経営インパクトは「将来の懸念」ではなく、「今そこにある危機」として捉えるべきである。
4. 求められる戦略(“ヒートレジリエンス”をどう高めるか)
「冷房が効かない時代」そのような感覚は、もはや通用しない。企業や自治体にとって、暑さは事業や社会の土台を揺るがす避けられない課題だ。これからは、単に冷房を強化すればいい、という話ではない。
まず手を付けやすいのは、建物や設備関係。空調の能力を上げることはもちろん、築年数の古いビルなら断熱材の見直しも効果的だろう。それよりも、根本的に設計思想を変えたほうがいい場合もある。風の通り道をしっかりと確保して、真夏の容赦ない日差しをいかに遮るか。耐熱性の高い建材を選ぶだけでも効果はかなり変わる。
運用ルールの見直しも急務だろう。温湿度を計測し、WBGT(暑さ指数)を活用して、危険な時間帯は思い切って作業を止める「ヒートルール」を本格的に設ける。休憩できる避暑スペースや水分補給ステーションなどを増やせば、熱中症や事故のリスクは大きく減り、利用者の満足度も上がる。
もちろん、こうした対策には相応の投資が必要になる。ファイナンスの視点も欠かせない。初期投資はかかるが、長い目で見れば、電力コストの削減や従業員の離職防止、企業イメージの向上まで期待することができる。加えて、暑さによる損害を補償する保険や、ESGファイナンスを活用した資金調達も有効だ。
冷房が効かなくなった今、我々に必要なのは「耐える力」ではなく「備える意識」である。記録的猛暑はニューノーマル(新たな常態)の始まりにすぎない。これからは「ヒートレジリエンス(暑さへの耐性)」をどう高めるかが問われることになるだろう。
参考資料
● 気象庁,7月の高温・少雨の状況と今後の見通しについて https://www.jma.go.jp/jma/press/2508/01a/honshi.pdf
● 気象庁, 向こう3か月の天候の見通し全国 (8月~10月)https://www.data.jma.go.jp/cpd/longfcst/kaisetsu/?term=P3M